FDAの日々

見えているけど見えていないもの

FDAに通わせていただいて約二か月あまりが経ちましたが、カリキュラムや外部からお話しに来ていただける方々から聞けるお話の中で
いくつか印象的なものがあります。そのうちの一つに「見えているけど見えていないもの」があります。
これは例え視覚的に見えていたとしても意識をして見ないと、自分の記憶や印象に残らないといったものです。

実際、私はハッとする経験をしました。働いていた時に毎日通る道に花が咲いていました。
きっと私が名前も知らないどなたかが管理してくれていたのでしょう。でも私は仕事をしていた時は「ここに花が咲いている」ことは認識できていても、花の種類はおろかどんな色の花が咲いていたのかすら気付いていませんでした。当然今になっても思い出せません。
つまり毎日、花は見えていた(視界に入っていた)にもかかわらず見えてはいなかったんです。
これが道端の花の話だけならかわいいものですが、実際生活しているとこんなことはたくさんあります。
ホームレスの方が歩いているところを見てもそれが社会的な問題とは認識できない、車いすの方を見てもエレベータがなかったり段差が多い環境について問題とは認識できない、などなど。
たぶん保育園がなくて困っているお母さんたちの問題など色々な社会問題も同じでしょう。対応しなければならない人達が現象は知っていても具体的に何が問題で何が必要なのか見えてない=分からない。
まあこういうのは当該者でないと見えてこないのはしょうがないのかなと思います。
今の私は身体を壊したからこそ今まで見えていないかったものが見えているんだなって思えるようになったので、今の状況は悪くないのかなって思って生活しています。

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